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2007NYCマラソン完走記(最終回)

その後、仕事が忙しくてなかなか早く帰宅することができず
おまけに12/14~12/16は名古屋~鈴鹿に行っていたこともあり
更に先週末もまたまた名古屋に日帰りしたり
ついでに胃腸風邪で体調を崩したりしていたので
全然ブログを更新することができませんでした。

昨日で仕事納めで今日から冬休み。
さてたまっているブログでも書くか。

さてさて11/4(日)。第4日目。
いよいよNYCマラソン当日です。
前のブログに書いたようにこの日は朝3時起きです。
4:50にロビー集合なので
同室のたまちゃんと相談して、じゃあ3時起きとなりました。

携帯とホテル備え付けの目覚ましとモーニングコールで
無事朝3時起床。
先ずは外の様子をチェック。
まだ真っ暗だがとりあえず雨は降ってないようだ。
あぁ良かった。

顔を洗う。
この日はお化粧はしない。
どうせ汗でぐちゃぐちゃになってしまうので。
でも日焼け止めだけはしっかりと。
服を着る前に
体のあちこちにワセリンを塗る。
で、それから服を着る。
NYに来てから揃えたウェアばかりだ。
そろそろ3:30。
たまちゃんは何やらまだ格闘中だったので
私がホテル1階のマラソンツアーデスクに
朝食を取りに行く。
エレベータの鏡で自分の姿を見てみると
「・・・ヤバイ。バリバリ走れそうな人に見える(苦笑)。」

デスクでお弁当を2人分受け取り、部屋へ戻る。
おにぎり弁当はこんな感じ。
P1010254

おにぎりがなかなかおいしかったです。
ちゃんと「おにぎり」ってものをちゃんと分かってるね、って人が
作りました、って感じ。

食後はストレッチ、持って走るものの準備、などをして
1階ロビーへ。
5:00、バスでニューヨーク市立図書館へ。
ここからスタート地点のスタテン島行きのバスが出るのだ。
外はまだ真っ暗。
初日に見たニューヨーク市立図書館も暗い中で見ると
別の場所のように見える。
だけど、そんなまだ明けやらぬ図書館前に
たくさんの人、人、人。
本当にたくさんの人たちが
バスを目指して集合している。
そしてその人波を制御する
警察、そしてボランティアの人たちの叫ぶ声。
「ちゃんと並んで!」「あなたはここでストップ!」などなど。
バスに乗り込み、一路スタテン島へ。

スタテン島、フォートワズワースに到着。
ここは米軍基地で、普段一般人は立ち入れないところ。
この日だけはマラソンランナーの為に開放される。
着いたのはたぶん6時ちょい前くらいだったんじゃないかな?
まだ暗くて。
スタートは10:10だからまだ4時間もある!!!
スタートまでに体が冷えないように
なるべく風に当たらないところに座る。
中には寝袋を持ってきて眠っているツワモノまで。
同じツアーで来ていて
もうNYCマラソン3度目というベテランのおば様たちと
ここまで来るバスで席が近かったご縁で
いろいろ経験談を聞かせてもらう。

そういうするうちにだんだん日が昇ってきた。
朝だー!いい天気だ!良かった。
フードスペースに食べ物をもらいに行くことにする。
フードスペースには
コーヒー、ベーグル、パワーバーなどなどが食べ放題。
私はコーヒーとパワーバーをもらい
座っていた場所にもどり食べる。
うー、コーヒーがあったかくてうれしい。
8時ちょい過ぎくらいだったかな。
たまちゃんともう一人バスで近くに座っていたNさんと
スタートエリアに移動する。
スタートは過去のタイム別にグリーン、ブルー、オレンジの
スタートエリアに分けられている。
私達はオレンジ。
つまり一番遅いタイムの人たちのエリアからのスタートだ。
・・・次にNYCマラソン走る時は、オレンジエリア脱出を目指そう、うん。

移動後、日がどんどん高くなる。
暑いくらいだ。
待ち時間の間、寒いだろうから、ということで
フリース、ウィンドブレーカーを重ね着していたが
もうそろそろ脱いでもよさそうだ。
脱いだ服を指定の袋に入れ、
UPSの輸送トラックへの荷物預け場所に行く。
ここがものすごい人で大混乱だった。
預けに行く人、預け終わった人が整理されてなくて
ぐちゃぐちゃになっているのだ。
これはトラックにたどり着くまでにえらい時間がかかりそうだ。
やっとの思いで荷物を預けると
もう9:40くらいだった。
スタート地点に向かう人波が既に動き始めている。
本当はゼッケン番号毎に
ある程度スタート地点が決められているのだけど
自分のゼッケン番号のエリアを探していては
スタートに間に合わなくなりそうだ。
適当に手近なエリアに入り込む。

人波はスタテン島からブルックリンへと渡る
ベラザノ・ナロウズ橋へ向かう。
するとどこからかマイクでのアナウンスが聞こえる。
国歌斉唱は現在ミュージカル「シカゴ」に出演中の
何とかかんとかさんです、と言っている、ようだ、たぶん。
まぁアメリカ国歌ですから、私にはあんまり関係ないような気もします。
その後は昨日のレース中に亡くなったランナーの人に黙祷。
黙祷後、マイクのアナウンスの声が高らかに
"Today, New York City is all yours!"と言うのが聞こえた。
何だかじーんとした。
そうなのだ。今日1日、ニューヨークは私達ランナーのものなのだ。
そしてゆったりしたメロディで流れてくる
フランク・シナトラの"ニューヨーク・ニューヨーク"。
いよいよ2007年NYCマラソン、スタートである。

巨大な美しいつり橋、ベラザノ・ナロウズ橋をランナー達が
一斉に駆け抜ける。
ふと空を見上げると、飛行船やヘリが橋の向こう側で
停止飛行しているのが見える。
おそらく各報道機関がスタートシーンを撮る為なんだろうけど
この停止飛行が何だか私達を見守っているように見えたのだ。
何だか感動した。

ベラザノ・ナロウズ橋は長い。
そして思った以上に暑い。
半袖で走ってもいいくらいだ。
有名選手がタンクトップにアームウォーマーで走る意味がやっと分かった。
長袖捲り上げるのと
アームウォーマー外してしまうのとでは全然違う。
私も今度は冬のレース用にアームウォーマーも買おうかしら?

ふと私の腕時計がピッピッと音を刻んでるのに気付く。
どうやら変なボタンを押してしまったらしく
ピッチ音を出すモードになってしまったらしい。
私は走る時はいつもストップウォッチモードにしているのだけど
それだと音が出てしまうようだ。
音が何だかうっとうしいので
しょうがないので時計表示モードで走ることにする。とほほ。

橋を渡り終わるとブルックリンである。
ひたすら真っ直ぐ北上する。
道路脇ではバンド演奏とかがあって
とにかくにぎやかである。
とりあえずすべての給水ポイントで給水する。
ホノルルではアミノバリューと水だったが
NYCの場合はゲートレードと水でした。
まぁスポンサーの違いですね。
10km地点でとりあえずトイレに行っておくことにする。
ホノルルの時もそうだったけど
結局トイレはこの1回きりである。
3つのトイレの待ち列に並んでいると
私の前に並んでいた
美しい金髪のお嬢さんがいきなり後ろを振り返ったかと思うと
さっと列を抜けて
後方の住宅街の前に駐車されている車の間にしゃがみこみ・・・
え?えっ??えええっ~~~!!!
・・・このお嬢さんはよほどタイムを重視されているのであろう。
トイレに並ぶ時間もおしいというわけだ。
でもあんなきれいなお嬢さんが
車の間で・・・だなんて。
う、マラソンレースは過酷だ。

さてトイレを終えたのはいいが
手を洗う設備がない。
NYCマラソン経験3回の先ほどのおば様達は
ちゃんとウエットティッシュを持ってきていたけど
そうだよねぇ、ウエットティッシュ必須だねぇ。
私も次のレースからはちゃんと持って行こう。
ホノルルの時はちゃんと手洗い場があったから
うっかりしてたよ。

道脇でブルックリンの住民が善意でバナナを渡している。
う、バナナ食べたい。
しかし私はトイレ後手を洗ってない!
・・・さすがに洗ってない手でバナナを食べる気は起きず、断念。
そうこうするうちに次の給水所で水をもらい
ようやく手を洗うことができた。やれやれ。

ブルックリンを抜けクイーンズへ。
下見ツアーの時の説明によると
ここは移民が多い街だそうで
道端の風景が国際色豊かに入れ替わるのだそうだ。
なるほど、イタリアン、ポルトガル、中国、メキシコ・・・
ユダヤの人たちが多く住んでいる居住区では
黒い帽子に、もみあげのところに縦ロールしたロング巻き毛、
黒いスーツという独特の服装の人達が
まるでマラソンなど全く眼中に入らず、といった感じで
街を歩いていた。
今までの街は道を歩いている人も
私達に手を振ってくれたり、応援したりしてくれていたのに
そういえばこのユダヤ人居住区は全くだったなぁ。
これも民族性なのだろうか???

20km地点通過。
ここまでは順調。
トイレ休憩で停まった時以外はずっと走ってるし。
だけど20km地点をちょっと越えた辺りの
川を渡る直前あたりで左足の異変に気付く。
左足親指の外側が靴ずれっぽい。
ワセリンたっぷり塗ったつもりだったのに。
先はまだ長いのでここで処置をしておくことにする。
靴を脱ぐと案の定真っ赤になっている。
バンドエイドを貼り、再び靴を履き、走り始める。

25km地点。クイーンズボロー橋。
この橋を渡ればいよいよマンハッタンである。

今から振り返るとこの橋が一番辛かった。
割と高低があるのだ。
途中までは良かったのだけど
下りに入ってとうとう膝に来はじめた。
ここであんまり膝に負担をかけてもいけない、と
ここで初めて歩く。
クイーンズボロー橋を渡り終え、いよいよマンハッタンである。

この橋を抜けたところの歓声がすごかった。
こんな歓声を受けて歩いているわけにはいかない。
再び走り始める。

1番街を北上する。
全コース中ここの応援が一番すごかった。
本当にNY中の人が集まってきてるんじゃないのって感じだった。
正直、この応援のすごさはホノルルの比じゃないと思った。
この応援に後押しされて何とか走り続ける。

だけど私の膝はついに限界にきた。
30km地点を過ぎた辺りで
本当にもう両膝が痛くて痛くてたまらなくなった。
ホノルルの時はこれがハーフの地点できた。
今回30kmまでがんばれたのはタイツのおかげか?フラットなコースのおかげか?
私はとうとう歩き始めてしまった。
道の両脇の大歓声が励ましてくれるのに
もう走れない。
悔しくて悔しくてしょうがなかった。
今になって練習不足が悔やまれてしょうがなかった。

30kmからちょっと行った辺りで
パワーバーを配布していた。
スポンサーだからだろう。
チョコレート味のジェルだったが
これが超激甘で私の上前歯の裏をキーン!と直撃した。
痛い!!!
今まで全然気付かなかったが
ここに虫歯があるようだ。
隠れた虫歯を発見させるとはパワーバー恐るべし。

ところどころ何とか力を振り絞ってちょっと走ったり、また歩いたり。
でも明らかに歩いている時間の方が長くなっていく。
一旦ブロンクスへ渡り、またすぐマンハッタンへ。
橋を渡るとそこはハーレムであった。
さすがに街自体が何だかすさんだ感じである(汗)。
普段はとてもじゃないが歩けないのだろうが
やっぱり今日は特別である。
さすがハーレムだけあって
ラップを披露しているグループがあったり、
DJはさすがにうまいなぁ、と感じたりした。

ハーレムを抜けて5番街の高級住宅街へ。
ここまでくるとゴールはもうすぐのはずだ。
私はこの頃本当にもう1歩も走れなくなっていた。
何とか歩いて前進する。
5番街の途中からセントラルパークに入る。
そのままセントラルパークの南端まで行き、
59番通をセントラルパークに沿って西へ。
ここの応援もすごかったなぁ。
そしてコロンバス・サークル!
ここまでこれば本当にゴールまであと少しのはずだ。
あと少し。あと少し。
やっとゴールが見えてきた。
最後の力を振り絞って何とか走る。
そしてやっと、本当にやっと、ゴールを抜けたのであった。

ゴールを抜けるとボランティアの人が
"Congratulations!"
とメダルをかけてくれる。
そして保温の為のメタリックのラップをもらい、まとう。

さてここからが悲劇の始まりである。
体は疲れきってもうボロボロである。
膝も痛いし。
でもUPSに預けた荷物を引き取らないといけない。
買ったばかりのナイキのウィンドブレーカーが入っているのだ。
捨てて帰るわけにはいかないのだ!
ヨロヨロとセントラルパークを北上する。
たぶん半分くらいまでは北上したはずだ。
私の荷物を預けたトラックはよりよって
一番端っこに近い方(つまり一番ゴールから離れている)に
あったのだ。
ようやく荷物を受け取る。
チャンピオンチップ(タイム計測の為に靴に付けていたチップ)を返却し、
再びセントラルパークをヨロヨロと南下する。
ここからがまた悲劇なのだ。
マラソンの為、セントラルパークの回りは交通規制が敷かれている。
普段は渡れる横断歩道なども通行止めになっているのだ。
あとは55番通りまで下るだけなのよ、って状態なのに
あちこちで
「ここは通れません、あっちへ行け」と言われ
一体どこをどう通れば59番通から南に行けるのよーーー!ってな状態だった。
たぶんゴールしてからホテルにたどりつくまでに
絶対2時間はかかったと思う。まったくぅ~!

正直ホテルからもう1歩も外に出たくない気分だったが
私はツアー主催のゴール後の夕食会に申し込んでいた。
ホテルから1ブロックのところだったのでまだ良かったが。
でもこの夕食会が正直楽しくなかった。。。
料理は中華で栄養を回復できたのはいいんだけど
下見ツアーの時とはまた別の
場の空気を読まずにしゃべりまくるオヤジがいて
うるさくてしょうがない。
正直早く終わらないかなぁ~とそればかり思っていた。

21:00やっとお開きでホテルへ。
夕食会に参加してなかったたまちゃんは
明日ワシントンへ発つというのに
まだ全然荷造りできてなく、ベッドに伸びていた。
膝の故障を抱えてのランだったし
疲労度は私の倍なんだろうな。
夕食会前はシャワーを浴びただけで出掛けたので
今度はのんびりゆっくりお風呂に入らせてもらうことにする。
お風呂から上がった後は泥のように眠り込んだ。

翌朝。11/5(月)。第5日目。
この日ワシントンDCへ旅立つたまちゃんをお見送りしてから
9:00くらいまでダラダラと過ごす。
何しろ脚がすごい筋肉痛である。
昨日のマラソンゴール後もらった
ゲートレード、ベーグル、リンゴ、パワーバーで朝食。
何だか侘しい朝食だなぁ。。。
食べながらニュースを見ていると
昨日のNYCマラソンはトム・クルーズ妻の
ケイティ・ホームズも走った、というニュースが。
ふーん、と思いながら見る。
その後昨日女子1位だったポーラ・ラドクリフのインタビュー。
美しいねぇ、この人は。
さて、いくら脚が痛いからって
最後のNY滞在日。無駄に過ごすわけにはいかない。
着替えて出掛けることにする。

まずは前日のパスタパーティの会場にもなっていた
タバーン・オン・ザ・グリーンへ。
昨日もらったメダルにフィニッシュ・タイムを掘り込んでくれる、というのだ。
ダタだと思っていたら20ドルも取られた。
これくらいタダでやってくれてもいいのに。
メダルに彫ってもらうのに列に並んでると
何と前方からポーラ・ラドクリフが現れた!
今朝ニュースで見た時と同じ服だったからすぐ分かった。
回りから湧き上がる拍手!
うわー生ラドクリフ見ちゃったよ。感動。
・・・感動のあまり写真撮るの忘れた。撮れば良かった。

メダルに彫ってもらった後は会場内の販売物を見て回る。
本日のニューヨークタイムズも売っているので買う。
5時間以内にゴールすればここに名前が載せてもらえたんだけど
私の名前は残念ながら載っていない。
次こそは絶対!絶対!!載せてもらえるタイムで走るぞ!!!
NYCマラソンは完走Tシャツというものが存在しない。
この会場で
"I finished what I started"とプリントされた長袖Tシャツを売っていた。
25ドル。うーん、どうしよう、と思ったが
まぁ記念に、と買うことにした。

荷物を置きに一旦ホテルに戻り、
その後地下鉄でマンハッタン島の最南端、サウス・フェリーへ。
自由の女神を見に行こう、というわけだ。

ホームで電車を待ってると
おじさんから
「このホームの電車はダウンタウンへ行くか?」
と聞かれる。
知らんよ、私に聞くなよ、と思いながら
"Maybe"と答える。
おじさん今度は私から少し離れたところにいた女性に
同じ質問をする。
"I hope so"と彼女。
"Sorry, I'm tourist."なわけだ。
そんなわけでこの日1日あちこちで結構道を聞かれた。
NYの街はマラソンを終えた旅行客であふれていたわけだ。

地下鉄で無事サウスフェリーに到着。
うーん、天気が良くて、海が陽の光を跳ね返している。
ふと見ると観光客目当てのパフォーマーが。
P1010257_1

バッテリーパークの風景も11年前と変わらないなー。
世界貿易センタービルがないことを除けば。
P1010261_2

マラソン後の人々が押し寄せているらしく
フェリーを待つ長蛇の列!
リバティ島には前に来た時も行ったけど
自由の女神は大好きなので
チケットを買って並ぶことにする。
チケットを買うときに
「今日はもう自由の女神の中に入ることはできません」
とのアナウンスが。
客が多すぎたためであろう。
まぁ自由の女神の中には前に入ったからいいや、と
リバティ島に渡ることにする。

列に並んでいる間、ちょっと小腹が空いてきた。
朝ご飯が遅かったから
お昼はいいや、と思っていたが
ふと横を見るとスタンドでローストナッツを売っている。
後ろのスパニッシュ系のおじさん2人組に
「すぐ戻るからこの場所取っといてね」
と頼んでスタンドでナッツを買う。
あったかくておいしい。
P1010263 P1010264

延々と並んだ後、ようやくフェリーに。
乗船前に空港並みの荷物チェック。
前に来た時はこんなのなかったのに。
9.11テロ以降、こうなったのだろうな、とちょっと悲しくなる。

フェリーから見たマンハッタン島の眺めが大好きだ。
何か元気が出てくる感じがする。
そこに世界貿易センタービルの姿はないけど。
P1010266

そして11年ぶりに自由の女神とご対面。
P1010267

あんまり見られない自由の女神の後姿(笑)。
木々がすっかり紅葉してきれいですね。
P1010270

帰りのフェリーでとんだ災難が。
フェリーのデッキに並んでいるベンチで
左膝を強打してしまったのだ。
筋肉痛で疲労している上でのこれは痛かった。
この痛みはその後2週間ほど続いた為
なんちゃって箱根駅伝完走記に書いた通り
全く練習することができないまま
箱根の坂に挑むことになったのだ。
皆さん、フェリーのベンチには気をつけましょう(苦笑)。

さて次の行き先はグラウンド・ゼロ。
最近ではもうグラウンド・ゼロとは言わず
世界貿易センターサイトとか言うそうだ。
バッテリーパークから歩いてすぐなので
筋肉痛の脚を引きずり、歩いて行くことにする。

世界貿易センタービル跡地。
P1010272 P1010273

2001年9月11日。
私はTVの画像を呆然と見つめていた。
これは私が5年前に訪れたNYの風景だ。
だけど、だけどなぜツインタワーが煙を上げているのか・・・
即座にNYに行ったことのある友人に電話し
NHKかテレビ朝日を見ろ!と怒鳴った。
受話器を握り締めたまま、私達は言葉を発することもなく
ツインタワーが崩れ落ちるまでを
ただ呆然と見ているしかなかった。

乱暴な言い方をすれば
国家というのは言葉が作り上げた概念だ。
国家を形成する人々には人格があるが
国家に人格というものはあるのか?
ともあれ9.11テロは
アメリカという国家を憎んだ人々によるものであった。
その憎しみの標的になってしまった人々が
必ずしもそのテロリストを憎んでいたわけではあるまいに。

次はこれまた前回訪れて大好きになった場所、ソーホーへ。
そろそろ夕暮れが近くなってきたソーホーの街を
グルリと歩く。
この街はおしゃれな感じでやっぱり大好きだ。

プリンス・ストリートの駅で
同じツアーのNさんとばったり出会う。
こんなところで会うなんてびっくり。
Nさんは以前ご主人の仕事の都合でNYに1年ほど住んだことがあるそうで、
昨日のマラソンの疲れを癒すべく
ソーホーのマッサージ屋さんに来たんだそうだ。
うーん、さすが。
私は途中で降りてエンパイア・ステートビルへ。
Nさんはそのまま地下鉄に乗ってホテルへ荷物を置きに行った。

エンパイア・ステートビルも前に来たのだけど
私は高いところが大好きなので(苦笑)、再訪問。
ここもリバティ島行きのフェリー同様、厳しい荷物チェックがありました。
しかし、前は夜景だったから
今回は昼間の光景を見よう、と思っていたのだけど
結局今回も夜景になってしまった(汗)。
P1010274 P1010275

さよならニューヨーク。
またいつかきっと走りに来るよ。
その時は今回のような悔しい思いを絶対にしないよ。
・・・などと夜景に向かって叫びはしなかったが。

11/6(火)、第6日目。ニューヨーク出発の日。
朝8時だかにホテルロビー集合。
その前にホテル横のスタバで朝食。
全く滞在中何度このスタバに来た事か。
近くて便利なんだよね。
特に最終日は雨だったし。
横のスタバなら傘なしでも濡れずに行けるのだ。

出発前にホテルの窓から風景を記念撮影。
冷たい雨が降っていました。
P1010276_1 P1010277

初日に一緒だったインパクトの強いお姉さんが
再びガイド。
「皆さんがいない間に
 日本では民主党の小沢代表が代表辞任を発表しました」
との話がありみんなざわざわ。
そういえば帰りの飛行機では
今から昨夜のNHKニュースを放送します、との客室乗務員のアナウンスに
みんなヘッドフォン付けたっけ。
しかし、帰国後すぐに前言撤回するとは。。。

JFK空港で家族や会社への土産を買う。
今回はお土産を買っている時間が全くなかったのだ。
でもJFKのターミナル7がちょうど改装工事中で
あんまりいい買物ができなかった。
あ、今回の自分へのお土産、恒例の香水は
ニナリッチの「ニナ」にしました。
Nina_2

今回はあんまり目ぼしい香水が見つけられなかったのだけど
まあボトルがリンゴ型なので
Big Appleなニューヨークのお土産にふさわしいかと。
匂いも割りとさわやか系だし。

・・・というわけでやっと書き終えました。ふー長かった。
2008年の海外マラソンはゴールドコーストかなぁなんて
考えてますが
今度は絶対!絶対ちゃんと練習します。
次こそは絶対4時間台でゴールします!
(お、言い切ったぞ、私ったら。
 でも書いたからには後には引けないもんね。)

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コメント

TAKEKOさん、本当にお疲れ様!!!

これで、いかに42.195KMが長い距離であるのか、マラソンをしない方々にもわかっていただけたような気がします、本当に長かったよね。

でもさ、あの辛い時間の中で、よく地名とか、橋の名前とか、場所とか記憶しているよね、感心しちゃう!!!たまちゃんなんか、全くっていいほど、覚えていない。ま、事前勉強もしていなかったけれどもね。

次も、またどこかで一緒に走ろうね。私は4時間台とはいいません、元気な膝で、そしてもっと楽しく走りたい、それだけです。

では、では、I wish you a Happy New Year.

投稿: たまちゃん | 2007/12/30 15:58

たまちゃん。実は地名とかは
後から地球の歩き方とか見て一部記憶を
補ってます(^^;
スタート地点は米軍基地で普段入れないところってのは
覚えてたけど
地名は覚えてなかったし(^^;

私もたまちゃんと是非また走りたいです!
大丈夫、コラーゲン飲み続ければ
きっと膝は復活するよ(^^)v
たまちゃんと走るのはやっぱり
フランスのメドックマラソンかしらねー
それまでにウコン飲んで肝臓鍛えておきます。

年始は実家でニューイヤー駅伝と箱根を
TV観戦します。
たまちゃんもよいお年を!!!

投稿: takeco | 2007/12/30 19:55

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